あれは大学一年生の夏休みのことである。私は名古屋の大学に進学した友人宅へひとり遊びに来ていた。初めて入る都会の一人暮らしの部屋は簡素ながらも整然としていたような記憶がある。安価なスチールラックには教科書や雑誌、文庫本、ミニコンポ、洋服まで学生生活に必要なものが全て収まっていた。昼間の名古屋の街での買い物で財布も軽くなっていた我々はコンビニで食料や酒を買って宅飲みすることにした。高校時代の思い出やバカ話に花が咲きついつい酒もすすむ。気がつけば夜中の2時を過ぎ、友人はいつの間にか横になって静かに瞼を閉じていた。旅の興奮で目が冴えていた私はラックから雑誌をまとめて取り出し、缶チューハイを片手にパラパラとページをめくり睡魔の訪れをいまかいまかと待っていた。数冊めくり終えたが一向に睡魔はやって来ず、新しい缶を開けながら何冊目かに手にしたのは猥褻な雑誌だった。まるで友人の性癖を覗き見るようで悪いとは思いながらも、下世話な自らの好奇心を抑え込むことができず恐る恐るページをめくると一糸纏わぬ女性が大股を開いたグラビアが現れた。まるで吸い込まれそうな闇のように黒く塗り潰された彼女の秘部、そこになにか強く擦ったような形跡が目に入った。酩酊しながらも見てはいけないものを見てしまったような気がした私は雑誌を片付けるとそそくさと床についた。翌朝何事もなかったように帰り支度をしていると、友人から帰りの電車で読むようにと筒井康隆著「日本以外全部沈没~パニック短編集」を手渡してくれた。内容はスラップスティック系の著者らしい作品の短編集で表題作は小松左京著「日本沈没」のパロディであった。この本を見ると内容のことよりも友人宅での一夜を思い出してしまうそんな一冊である。友人宅を後にし名古屋駅に向かう途中、名鉄百貨店のナナちゃんの股を覗いてみたが黒くも塗られておらず擦ったような痕も見当たらなかった。


