らもさんの本と初めて出逢ったのはまだ女性も知らない十代後半の時であった。若さ故のはち切れんばかりに膨れ上がった自意識とまだ何者でもないモラトリアムの不安との狭間で鬱々と踠き苦しんでいた頃、書店で偶然手に取ったのが『今夜、すべてのバーで』だった。自身のアルコール依存症の体験を元にした赤裸々な私小説であるこの作品には濃縮されたらもさんのエッセンスが全て詰まっている。自意識と自己嫌悪の狭間でアルコールに溺れ、もがき苦しみながらも生に向かって歩き出す主人公の姿には大きな力を与えてくれた。深い内的思考を繊細な描写で表現しつつニヒルで知的な笑いを随所に散りばめるそのセンスは、作品以上に中島らもという人間にどんどん引き込まれていった。この作品を皮切りにほぼ全ての著作を読み漁り、気がつけばすっかり彼の文章の虜となっていた。酒の呑み方、世間との付き合い方、人のおちょくり方から女性の抱き方まで、大切な事は全て彼の本から学んで来たように思う。彼の文庫本は常に私の傍でひっそりと佇み人生の羅針盤となっていたのだ。らもさんの作品の中で印象的な一言『その日の天使』という言葉がある。一人の人間の一日には、必ずその日の天使がついている。絶望的な気分に落ちている時にふと開いた画集の一葉の絵によって救われる。それが、その日の天使なのである。私はその日の天使を探して風俗を彷徨い歩いているのかもしれない。


