車窓にはのどかな田園風景が続いている。畑作業に精を出す老夫婦の仲睦まじい様子についつい笑みがこぼれてしまう。先ほどから続くレールのつなぎ目で起こる規則的な振動とすでに二本目に突入した缶ビールのアルコールも相まって瞼は半分以上閉じかけていた。心地よい微睡を数十分ほど堪能しているともうそこまで目的地の駅が迫ってきている。電車が少しづつ少しづつスピードを落とし停車すると私は鞄を片手に立ち上がった。若干の後ろ髪を引かれながら改札を通り小さな駅舎を出ると静かに小雨が降り出していた。予約していた旅館までは徒歩では20分以上かかるはずだ。天気が良ければゆっくり歩いて移動しようかとも考えていたが、駅前で客待ちをしているタクシーに足早に乗り込んだ。チェックインを済ませ部屋に入った私は広縁の椅子に腰掛け電子タバコを咥えた。大きめの中連窓から望む中庭をぼんやり眺めながら一服を終えると、鞄からパソコンを取り出し早速仕事に取り掛かった。今日の一番の目的はこれである。最近はとんと集中力を欠いた日々が続いていたのだが、環境が変わったことが功を奏したのか夢中でキーボードを叩くうちに気が付けば3時間ほど経過していた。思っていた以上の進捗に満足した私はやっと浴衣に着替えおざなりに入浴と食事を済ますとそっと旅館を後にした。雨はもうすっかり上がっていた。
所々に薄く残る水溜りを避けながら暗がりの歩道を静かに歩いていると、やがてうっすらとしたネオンが輝く建物が見えてきた。今回の旅のもう一つの目的地、芦原ミュージック劇場である。半年ほど前に知人に連れられて訪れた際に出演されていた山咲みみ嬢のパフォーマンスに魅了された私はまた彼女が来福する機会に合わせ再訪したのだ。受付で料金を支払い、そっと雑多なロビーに足を踏み入れる。開演時間まではまだ少し時間がある。古ぼけた丸椅子に腰掛け電子タバコを燻らせながら辺りを見渡した。ロビーの壁全体に過去に出演した踊り子さん達の数多の写真が所狭しと貼られている。美しい胸を堂々と露わにしポーズをとる写真の間に一枚の雑誌のコピーを見つけた。ガムテープで雑に貼られていたのは京都在住の作家『花房観音』女史の芦原ミュージック劇場のルポタージュであった。極力飾りを廃した端的な言葉で紡がれたこの劇場、ストリップに対する彼女の想いは鋭い切れ味を伴って襲ってきた。一文字一文字食い入るように何度も読み耽っているとやがて開演時間が訪れた。ステージから数列離れた右隅の席に腰掛け、先ほどロビーで買った缶ビールで喉を潤す。周りには数名の男性客が適度なソーシャルディスタンスを保ちながら、ステージが始まるのを固唾を呑んで待っていた。上部より開演を告げるアナウンスが響くと静かに会場は暗くなっていった。
低音の抜けた安っぽいスピーカーから鳴り響く音楽に合わせステージが明転した。長襦袢を模した衣装に身を包んだ踊り子がゆっくりと動き出す。身体一つで欲望にまみれた男性の視線を浴びながら少しづつ肌が露わになっていく。薄い紅色の衣装から覗く肌の妖艶な白さに吸い込まれそうだ。真っ直ぐな視線で客席を凝視したかと思うと、不意に少女のような無垢な笑顔で微笑み掛けてくる。かと思うと天真爛漫な表情から一転、濡れたような瞳で妖しい色気を醸し出す。ふわりと剥ぎ取られた衣装の下からは慈愛に満ち溢れた美しい胸があらわれた。中心部分には淡い桃色の乳首が静かに佇んでいる。ある程度の年齢を重ねた女性の裸には生き様が刻み込まれているようだ。全てを包み込むような優雅な母性を伴った彼女の姿から私は目が離せずにいた。ステージの先端で下着を剥ぎ取り生まれたままの姿となった彼女は脚を大きく開きその中心にある秘所を惜しげもなく見せつける。一切の陰毛が排された幼女のようなその部分を自らの2本の指で大きく拡げると覗くのは生命の営みの根源そのものであった。溢れ出る卑猥さはむしろ生命力の象徴であり、私の股間ははちきれんばかりに膨らんでいた。
店を出た私は暗い夜道を一人歩いていた。もうそこまで旅館は近付いていたがまだ少し歩き足りないような気分だった。先程までの写像を撫でるように慈しむようにゆっくりと反芻している。不意に立ち止まり電子タバコを咥えるとそっと夜空を眺めてみた。月明かりに照らされた雲の隙間から星がいくつか瞬くのが見えた。私は暫くそのままじっと眺め続けていた。