小さな足音と共に彼女が部屋に入って来るのがなんとはなしにわかった。微かな物音が聞こえる。鞄を置く音。ソファに座る音。私はじっと耳を澄まし彼女の動きを読み取ろうとするが、鼓動の音が邪魔して掴みきれずにいた。同じ体勢のまま3分ほど経過したとき、不意にベッドが少し歪み彼女がもうすぐそこにいる事に気づいた。緊張で躰を硬く強張らせている私の足首に柔らかな指先がつっと触れる。ゆっくりと私の脚をなぞっていくと思わず小さな吐息が漏れた。彼女の体温が足首から徐々に身体全体に広がっていく。指先が私の全身の輪郭をゆっくりと綺麗に描いていくと剥き出しになった神経を直接触れられているような感覚に私の呼吸は荒く深いものになっていった。股間がもうずいぶん前から今までに無いほど固く硬直していることは自覚している。おそらくその先端からは悦楽への期待の雫がじっとりと溢れ出ていただろう。震える身体で必死に四つん這いの体勢を続ける私の臀部に大きな破裂音と共に突如鈍い痛みが走る。じんわりとした痛みが少しづつ快楽へと変異しながら脳内を駆け巡ると、歓喜の声と共に私はベッドに倒れ込んだ。
自分の息遣いがとても大きく聞こえていた。仰向けとなった私の中心に鎮座する固くなった性器を彼女がゆっくりと口に含む。巧みな舌先の動きに身を捩るが、それを見るということが出来ない私は残された感覚のみで脳内に彼女を構築する。それが本当に彼女である確信はどこにもなかった。視覚を奪われ暗闇で孤独に佇む私にとって現実世界との繋がりは唯一彼女の存在のみであった。彼女の舌が私の表面を全て塗りつぶすように蠢いている。私は舌先を長く伸ばし彼女の口づけを求めた。暗闇の中でただ一人求め続けた。まるでそうすることが何世紀も前から決まっていたかのように彼女は私にそっと口づけをしてきた。絡みあう二つの舌先はいずれ一つに融合するかのように一体となって蠢いている。彼女の唾液はほのかな甘みを帯びていた。舌の細胞ひとつひとつで感じる耽美な甘みが全身に染み込む。ゆっくりと染み込んでいく。
私の鼻先には彼女の股間が突きつけられているのがわかった。舌先でそっと位置を確認すると、適度な湿り気を帯びた彼女の性器がそこにはあった。どんなブルゴーニュワインでも敵わないほどのしっかりとした骨格のある味わいをゆっくりと堪能する。私はなぞるように顔全体を使って上下に舐め回している。熟成された卑猥な香りが少しづつ漂ってくると脳内がじんわり震えるようだ。小さな突起を中心にゆっくりと入念に円を描くように動かすと微かな声が聞こえて来た。私は自分の存在を知らしめるように必死に舌先を動かした。頭上から降り注ぐ彼女の喘ぎ声もまた私の鼓膜を優しく愛撫するかのようだった。
私は暗い深淵にどんどんどんどん落ち込んでいく。或いは宇宙の高みにどんどんどんどん上っていく。最早それはどちらでも同じことだった。沸き上がる悦楽の声は音速を超え後方から何度も私を追い抜いていく。ドップラー効果により周波数の高まった音波は人間の耳では聞き取ることは不可能なほどだ。遥か遠くから空気が細かく振動しながら鈍い唸りを上げ近づいてくる。空気中のエントロピーが増大し不可逆性を持った平衡状態がじりじりと続いていた。何がきっかけだったのかはわからない。またわかろうともしない。極限まで高められた圧力が臨界点に達した時、極小の光は光速を超える速さで極大まで広がり始め、そして果てた。私の性器は彼女の掌の中で攣縮しながら大量に放出を繰り返した。溢れ出た液体は私の太腿まで飛び散っていた。「いっぱい出たわね。まるでシチューのようよ。」彼女は私の耳元でそっと囁いた。
静かな、とても静かなラブホテルの部屋のベッドに横たわる私は約束通りアイマスクをつけたままだ。彼女は片づけをしながらも約束通り一言も言葉を発しない。数分の後ドアが開き彼女が出ていったようだ。暫くしておずおずとアイマスクを外すと2時間前と同じ部屋に私はいた。おぼつかない足取りでソファに座るとテーブルの上には私の置いた紙が先程と変わらぬ位置に置いてある。余白の部分には彼女からのお礼のメッセージが赤い文字で書き加えられていた。顔も知らない彼女だが少し人となりがわかるようなそんな柔らかい文字だった。私はソファに座りながらじっとその紙を見つめ続けていた。

