〈前編〉外壁を飾る木彫りのナスのオーナメントに誘われ暖簾をくぐると店内は既に賑わいをみせており寒さで縮こまっていた躰が一気にほぐれた。【おたん】(福井市中央1丁目2-1)

居酒屋

年度末も近づき社内の慌しさをひしひしと感じ始める昼下がり、居心地の悪さから私は缶コーヒーを片手に喫煙所へと避難した。電子タバコをくゆらせながら日課であるいつものサイトをパトロールしていると得意先の社長からの着信に思わず顔がほころんだ。共同で進めているプロジェクトのミィーティングとその後の飲みの誘いだ。社長とは齢も近く飲み屋選びから文芸・藝術などの好みが似通っていて、私と同様に社会的マジョリティから逸脱した所謂サブカルチャーを好む気の知れた間柄なのである。喫茶店でのミィーティングを早々に切り上げると、二人肩を並べてその店へと向かう。先日と打って変わって空気は乾き肌寒く自然と歩みも速くなるが、もうすぐ燗酒にありつけると思うと心なしか寒さも和らいだ気がした。

外壁を飾る木彫りのナスのオーナメントに誘われ暖簾をくぐると店内は既に賑わいをみせており寒さで縮こまっていた躰が一気にほぐれた。テーブル席に通されると手始めにキリンラガーの大瓶を注文した。社長と自らのグラスにビールを注ぎプロジェクト成功祈願の乾杯をして一気に飲み干した。仕事が順調だと普段に比べて喉越しも格別だ。程なくしておから煮とフキと揚げの煮物が盛られたお通しが運ばれてきた。お通しを二品提供する店にハズレはない。しっとりと浸みたおからの甘辛い味付けは程よく、フキと揚げもしっかりと炊き上げられている。フキのシャキシャキとした食感が胃を心地よく刺激してくれるようで、ほんの束の間に大瓶は空になっていた。

注文を取りに来た店員に大瓶のお代わりを告げて、壁に貼られたお品書きの札を眺めながら焼鳥、カジキの刺身、湯豆腐、ハムエッグ、ポテトサラダを注文した。二本目の大瓶を酌み交わしていると最初に運ばれてきたのは意外にも焼鳥だった。福井の焼鳥といえば名門秋吉だが、この店では名門に対し如何にして抗っているのかを確認したかったのだ。テーブル中央に提供された焼鳥は串から外されて平皿に盛られたスタイルで良くいえば箸で摘んで食べやすい。部位は胸肉で焼きも塩の加減も至って普通だったがそれがこの店らしくなんだかほっとした。

席がほとんど埋まり繁盛している割にはポテトサラダにハムエッグ、湯豆腐が次々と運ばれてきた。ポテトサラダを取り皿によそい口にほう張ると一気に幼少期の記憶が脳を駆け巡った。「普通のポテサラだ。これこそがポテサラだ!」擦り潰されたじゃがいものしっとりとした塩梅、塩もみされたキュウリの食感、ほのかな風味を演出するニンジン、そして全ても優しく包み込むマヨネーズがまるでダ・ヴィンチのウィトルウィウス的人体図のごとく完璧な調和を保っている。ポテサラに感動した私はグラスを空にして再び手酌でビールを注ぎながら社長の顔を覗き込むと満足気な顔でハムエッグへと目線が移るのを察知した。卓上に備え付けの調味料は醤油と七味しかなく阿吽の呼吸で醤油を手に取り二つの目玉に素早く回しかける。半熟の黄身をくずしながらとろみの中に醤油を潜り込ませてハムと一緒に箸で取り分けて口まで運ぶ。こぼさずに食べるのが非常に難しい。そこを平静を装って口に含みビールで流し込むのが大人の所作でありマナーなのである。

続く…

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門戸 志郎

門戸 志郎

哀愁漂う風俗と酒場を求めて今宵も福井の街を彷徨う… 自らの20年以上に及ぶ風俗体験を徒然なるままに記した『福井風俗体験記』 是非一度ご覧になってください

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