アイマスクを装着した全裸姿の私はベッドの上で四つん這いとなり微かに震えながら枕に突っ伏していた。照明をすべて落とし一分の光もない部屋には先ほどからうっすらとバロック音楽が流れている。空気が黄金色に輝いているかのような優雅な旋律が全身をそっと包み込むが、高鳴る私の鼓動が歪な不協和音となり興奮と不安をどんどん増長させていった。シャワーは先ほど念入りに済ませ、テーブルの上には料金をお釣りの無いようにぴったりの金額で置かれている。あとは女性の到着を待つのみだ。私は自重を支える膝先に力を込めながら先ほど見た写メ日記の内容をゆっくりと回想していた。その日記を見つけたのはよく晴れた休日の昼下がりであった。
おざなりな昼食を片手間に済ませると私はソファでまどろみながらサイトを彷徨っていた。ある女性の写メ日記で大々的にアピールされていたオプションに、ふと私の手が止まった。『逆夜這いコース』と銘打たれたそのコースはホテルに入室後に男性が一人でシャワーを浴び部屋を真っ暗にしたままベッドで待機し、女性の入室後即座にプレイが始まるオプションコースであった。私の琴線に触れてくるどころかがっしりと鷲掴みにするようなその説明をじっくりと読み込むと、すぐさま予約を入れようと発信ボタンをタップしかけた瞬間に、脳内に眩い閃光と共にあるアイデアが突如生まれてきた。このオプションにもう一つスパイスを加えてみてはどうだろう。私はスマートフォンを手にその時の状況を幾重にも想像し熟考を繰り返してみる。先ほどまで光に包まれぼんやりとした形しか見えなかったアイデアが徐々にくっきりと輪郭を露わに少しづつ具現化してくるのがわかった。「これはいける。」そう確信した私は左手に握られたスマートフォンの発信を迷わずタップした。
数時間後に予約を入れた私は先ほどからパソコンのキーボードを一心不乱に叩いている。何度も何度も推敲を繰り返し文章を書き上げた。仕上がりに満足できた時にはかれこれ1時間ほど経過していたであろうか。私はそれを出力し手に取り椅子に深く腰掛けると、もう一度最初から最後までゆっくりと読み込み一息ついた。その文章とはこれから数時間後に会いに行く女性へのプレイの要望をしたためたものだった。私は彼女にプレイ中からプレイ後、また退出するまでの間の全ての時間、私のアイマスクをとらないこと。そしてプレイ後も一切の雑談もなく後処理が終わり次第速やかに退出する事を書面で所望した。私が得られる声と触感という限られた情報から脳内で女性の姿を再構築しながら120分という長時間、顔もわからない相手に弄ばれる。そんな想像をしただけでもゾクゾクとした悦楽が足元から沸き上がってくるような感覚にとらわれた。私は所望書が折れ曲がらぬようクリアファイルに入れると車に乗り込みゆっくりと発進した。ハンドルを握りながらもすでに股間はやや膨らみを帯び窮屈そうな有様だった。これから始まるプレイに思いを馳せるだけでこんな状態になるのは何年振りだろう。そんなことを考えながらゆっくりとホテルへと向かっていった。
ホテルへ入るとまずテーブルの上に先ほどしたためた所望書と料金を重ねて置いた。書類と紙幣の長辺同士が綺麗にぴったり重なるように留意し何度も置き直す。その後ひとりゆっくりとシャワーを浴びもう一度ソファに腰掛けると、あと2時間は吸えないであろう電子タバコを咥えた。真っ暗な部屋に電子タバコのLEDがぽっと灯った。深々と肺いっぱいまで吸い込みじっくりと味わい尽くすと私はスマートフォンを手に取り準備が整ったことを告げる。電話を切った私に残された時間は数分だ。私は枕元にあるアイマスクを身につけると隙間がないか確認するように指でしっかり押さえつけた。ベッドに転がりお尻を高く突出し枕に顔をあずけると鼓動のBPMがまた少し早くなっていく。今までに経験した事のないほどの高揚感に頭がくらくらしている。エアコンの送り出す風が私の下半身を撫ぜるだけで思わず吐息を漏らしてしまいそうだ。時間と空間の感覚がグワンと歪み、何分たったのかもわからなくなったその時、ガチャリとドアの開く音が微かに聞こえた。
後編に続く