霙混じりの雨が先ほどからじっとりとつま先を濡らしていた。傘を忘れた私はコートのフードを目深く被りながら小走りにその店へと向かっている。先ほどまでの仕事関係の会食では食べ物にはほとんど箸をつけず、ビールも口をつけた程度だった。作り笑いと心のこもらない相槌にほとほと嫌気がさし、お開きになるや否やその店へひとり向かっていった。店内に入ると案内されたカウンターにどっしりと腰を降ろしゆっくりとため息をついた。悴んだ耳が痛いほど赤くなっているのが自分でもよくわかった。程よく暖められたおしぼりでゆっくりと顔を拭くとすぐさま熱燗二合を店員に頼んだ。店内をゆっくりと見渡しているとやがて私のもとに徳利とお猪口と突出しが運ばれてきた。人肌より少し高めに暖められた日本酒を店名がしっかりと記されたお猪口で立て続けに2杯急いで呑み干す。すきっ腹に流し込まれたアルコールが一気に全身を駆け巡った。一息つくともう一杯お猪口に注いぎゆっくりと味わう。じっくりと一人で楽しめる時間のおかげで先ほどまでのささくれ立った気持ちも落ち着きを取り戻しつつあった。私は店員を呼び止めるとお目当ての“だだみガーリックバターソテー”を頼んだ。今日はお昼からこれに照準を合わせていたのだ。日本酒を堪能しながら心待ちにしていると、間も無くして香ばしい匂いをたたせたお目当てが私の前にやってきた。タラの白子をたっぷりのバターとガーリック、そして醤油を使ってソテーしてあるこの一品は単純なようでとても深い味わいのある私の大好物である。ほのかに立ち昇るガーリックの香りにたまらず口に入れると、ゆっくりと舌の上でとろけていくようだ。濃厚な白子の旨味とバターのまろやかさのハーモニーに醤油とガーリックのバランスも素晴らしい。そんなまったりとした口内をキレのある日本酒で洗い流す。微かに鼻腔にのこる日本酒とガーリックの香りに私はいつまでも酔いしれていた。更にこの一皿にはもう一つの楽しみがある。一切れのバゲットが添えられていて残ったソースをぬぐって食べることができるのである。ソースをたっぷりとつけたバゲットを口に放り込んだ時には徳利はすっかり空になっていた。私はもう一本徳利を頼むと、電子タバコを手に取った。もう一皿おかわりをしようか思案しながら、夜はゆっくりと更けていった。