それは高校を卒業したばかりの頃なので今から30年近く以前の出来事だ。地元の大学に一応潜り込みはしたものの、さほど授業にも出席する訳でも無かった私は有り余る時間をどうにも持て余していた。何者でもないモラトリアムの時間を楽しみつつも、漠然とした将来への不安を見て見ぬ振りをしながらアルバイトと読書だけに日々を費やしていた。お付き合いをしている女性でもいればこの灰色の日常にも鮮やかな彩が添えられたのであろうが、全くもって奥手であった私にはその気配すらも皆無であった。何をするでもなくただカレンダーを塗り潰していく様な無為の日々を静かに送っていた。
ある日、東京の大学に進学した高校時代の同級生からの誘いで私は東京に遊びに行くことにした。中学校の修学旅行以来に訪れた私は、彼のアパートに数日居候をしながら東京を探索することにして一人電車に乗り都心を目指した。「ここが新宿か…」メディアの向こう側でしかなかった場所を自分が歩いている。そんな不思議な感慨に耽りながら一人歩いていた。土地勘も無い為ただ気の向くままにフラフラと歩みを進めているとどうも街の様子が変わって来た。どうやらいかがわしい看板がやたらと目に付く場所に足を踏み入れていた。店の前に立つ店員らしき男性も頻繁に声をかけてくる。私はいつの間にか風俗街に迷い込んでいた様だ。鼓動が少しずつ高まっていくのがわかった。チラチラと横目で一軒一軒確認しながら何度もその通りを行き来する。幸いバイト代が出たばかりで財布の中にはある程度のお金が入っていた。私は人の良さそうな若い店員に目を付けて意を決してゆっくりと近づいて行った。
記憶も朧げだがまず入店時に3万円ほど支払った様な気がする。薄暗い個室に案内されしばらく待っていると20代中頃であろうか、やや浅黒い肌の女性がやって来た。服を脱ぐ様に指示され私は急いで全裸になった。母親以外の女性の前で裸になったことも下着姿の女性を直接見ることも初めての私は異常なほど興奮し、もはや理性のかけらも残ってはいなかった。プレイが始まりだすと少しずつ雲行きがおかしくなってきた。彼女は何かにつけ追加料金を請求し始めるのだ。ブラジャーを取って1万円、胸を触って2万円と矢継ぎ早に金銭を請求してくる彼女に私は言われるがまま支払い続けた。最終的に手持ちのお金が無くなるとキャッシュカードを男性店員に手渡して更に暗証番号を教えATMからお金をおろしてきてもらっていた。無知とはなんと恐ろしい事であろうか。今思い出しても背筋が凍りつく。まごうこと無き“ぼったくり”、典型的な“たけのこ剥ぎ”にあっていたのだ。気がつけば10万円以上は支払ってしまっていたのであった。福井の田舎で育った私には世の中にそんな悪い大人が存在していることなど露知らず、初めて女性に射精してもらったことに感動すら覚え、全くその事実には気づいていなかった。やがて服を着て店を出るとタバコに火をつけ駅に向かって歩き出した。やけに青い空が印象に残っている。私は新宿の街を満足気な顔で一歩ずつ確かに歩んでいった。