時節柄どこにも出かけずにゆっくりと過ごした正月休みもあけ、少しづついつもの日常に戻りつつある水曜日。今日は一日中得意先への挨拶へ歩き廻り、脚はすっかり棒のようになっていた。作り笑いを繰り返したせいであろうか、頬の奥に鈍い痛みが帯びだし、私は仏頂面のまま静かに会社を後にした。ちらちらと粉雪が舞っていたが気にするほどでもない。「久しぶりに店舗にいってみよう」そう思い立ち予約を済ませたのは昼食後であった。数年ぶりとなるその場所に私は俯き加減で歩を進めていった。
趣のある古びた店に近づくと私は衆目を避けるよう静かに入っていった。受付を済ませ、先客のいない待合室のソファに一人腰掛けるとタバコを咥えた。テレビには正月らしいにぎやかなお笑い番組が映し出されていた。この静かな待合室にはいささか不釣り合いではあったが、私は何となく見入っていた。黒いスーツに身を包んだ二人組がスケッチブックを手に持ち叫んでいる。懐かしいコンビが懐かしいネタを披露していた。私の悲しい時はどんな時だろう、そんなことを考えていると男性スタッフに声を掛けられ私は立ち上がった。
男性スタッフに案内されエレベーターに乗り込むと女性は開ボタンを押しながら笑顔で待っていた。「肉付きの良い」「ふくよかな」「恰幅の良い」「安心感のある」いろいろな表現があるがそこに立っていた女性は簡単に言うと「デブ」であった。昨今の写真の加工技術には本当に舌を巻かざるを得ない。私は太っている女性に対する許容は大らかなため問題ではないが、他のお客さんは大丈夫なのだろうかと余計な心配をしてしまう。そんな彼女に導かれこじんまりとした部屋に入った。有線の大きめの音量と彼女の声は少し耳障りであったが、私は構わず腰を下ろした。
彼女は準備をしながらずっと喋り続けていた。自分のプレイスタイルや身の来し方を切々と語ってはいるが上辺だけの美辞麗句を並べ立てただけのものであろう。空虚な言葉を投げ続けられることに辟易はしていたが無視するわけにもいかず、私は曖昧な返事を繰り返していた。まるで言葉の盾で守らねばちょっと触れただけで崩れ落ちてしまいそうになる何かを彼女は必死に隠しているようだ。どれだけ数を重ねようと彼女の発するティッシュのように薄っぺらい言葉ではシャワーを浴びたら溶けてなくなってしまうのではと不安になった。
先程まで騒々しい洋楽だった有線からはモンキーズのデイドリームビリーバーが流れ出した。私は顔の上にある彼女の秘部を無心で舐めながらいつ覚めるとも知れない白昼夢を彷徨っていた。私の躰にのしかかる圧倒的な重量、それだけが今のリアルだった。彼女の右手の動きによりやがて果てた私は大きく息を吸い、そして吐いた。一仕事を終え満足気な彼女の笑顔につられ作り笑いを浮かべようとしたが、頬の奥の痛みが気になり上手く笑えた自信は無かった。店を出ると辺りはすっかり闇に包まれていた。帰りの道中コンビニに寄り、切らしていたタバコを二箱買いコートのポケットに詰めると「ここは清志郎の方か…」と呟き、私は家路へと急いだ。