いつの頃からだろうか、新しいものに対してひどく臆病になり出したのは。映画や小説など同じ作品を何度も繰り返し観たり読んだりすることが増えていった。ストーリーや展開は隅々まで熟知しているただ決められたルートをなぞってっていくだけのことがとても安心できる様になっていた。またこれは風俗に於いても同様で、同じお店の同じ女性をリピートすることが知らず知らずのうちに増えていた。失敗はしないが成功もない平穏な日々にその日は何故だか抗ってみたくなった。「18歳」「処女」「業界未経験」立ち並ぶ言葉は本来私の心の琴線には全く響かないないものばかりだったが、だからこそ選ぶ意味があるのだろう。初めて選ぶお店だったのでいつもにはない緊張が走る。受付を済ませホテルで待っていると、数分後に小さなノックの音が聞こえた。
ドアを開いた瞬間に心地よい香水の香りが私の鼻腔をくすぐる。この香りはどこか遠い昔に嗅いだことのあるような、そんな香りだった。人の五感の中で嗅覚が最も記憶を呼び起こすらしい。何だか胸の奥深くがチクチクするようなそんな気がした。私は部屋に招き入れながら挨拶を交わし、まだ経験の浅いであろう彼女の緊張を少しでもほぐそうと普段にはない饒舌な自分を演出していた。それを知ってか知らずかハキハキと受け答えをする彼女に少なからず、私は好意を抱きだしていた。
18歳の大学生である彼女は先月からこの仕事を始めたばかりだった。私の人生が平均的に推移していれば娘でもおかしくない歳だ。不躾で人を食った様な彼女の一挙手一投足も若さ故だと思うと不思議と不快ではなかった。大学や留学の話など、彼女と会話をしていると私も若かりし頃のことを少しづつ思い出していた。そういえば大学生の頃にお付き合いしていた女性に会いに思い立って真夜中に京都まで車を走らせたことがあったっけ。ぼんやりとそんな事を思い出しながら私はネクタイを緩めた。
一糸纏わぬ姿になった彼女は均整の取れた古代彫像の様な姿だった。たわわに震える大きな胸は私の欲望など跳ね返してしまいそうなほどの弾力を持ち、学生時代にバスケットボールで鍛えたという下半身は程よい肉感と逞しさを兼ね備え魅力溢れるものだった。人生の初秋に差し掛かっている私には彼女の青々とした瑞々しさを持つ裸体は直視することも憚られるほどだった。シャワー中やベッドの上では素人然とした対応だったが、もはやそんなことはどうでもよかった。私はただ彼女の肉体にしがみつくだけで精一杯だった。彼女の辿々しい右手の動きで何とか果てることができ、大きな満足感に包まれながらベッドに横たわる私がそこにはいた。
帰り支度を整えホテルを出ると、一言別れの挨拶を交わした。彼女はしっかりとした足取りでこちらを振り返らずに迎えの車に乗り込んでいった。彼女の未来にはまだまだ無限の可能性がある。大人たちの欲望にまみれた薄汚い金を上手く掠め取り自分の人生をしっかりと歩んでほしい。そんな想いで後ろ姿を眺めていた。帰りの道中カーラジオからギターリフの心地よい懐かしい曲が流れてきた。大学生の頃よく聞いていた曲だ。私はハンドルをしっかりと握り前を向き直した。